The Stories of 揚げ子 ー祖父の遺言ー



松本XLです(‘ω’)ノ

先日更新した『祖母の伝説』に続き、本日は祖父&祖母のお話。

2009年01月17日更新 『The Stories of 揚げ子 ー祖父の遺言ー』ご覧ください。

 

The Stories of 揚げ子 ー祖父の遺言ー

これは10年前のお話

僕がまだ自衛隊にいた頃、祖父の容態が悪くなり入院することになった。

 

幼い頃から人の痛みが分からず友達ができなかった僕は、毎日のように祖父の家に通っていた。

正義感の強さからか政治家という職を選び、人々から愛され、いつでも僕の味方だった祖父が大好きだった。

 

有休をとり、帰郷。

父の口から聞かされた祖父の診断結果

末期ガン。余命は

3ヶ月

父や親戚が話し合った結果、「本人には告げずにいよう。」

頭の中が真っ白になり、悪い夢なら覚めて欲しいと願った。

 

翌日

病院に着くと祖父と揚げ子が楽しそうに話している。

揚「お爺ちゃん、源五郎来てくれたよ!」

揚げ子は笑いながら言う。もちろん僕の名前は間違えている。

昨日の結果の話が嘘のように祖父は元気。

「お爺ちゃん元気になったらな、子供も孫も連れて皆で一緒にバスで京都に行きたいんやとw。」

爺「そうや!爺ちゃん早く元気になるなw!」

松「うん! …。」

「はやく元気になって京都に行こう。」その言葉が出ない。

松「うん!」

これ以上声を、声を出すと涙が溢れ出るのが分かったから。

病室を飛び出し、トイレで泣き崩れた。

夢であってくれ!

あんなに元気やのに!

3ヶ月後には…

あんなに笑っているのに!

3ヶ月後には…

3ヶ月後には…

 

 

半年後 祖父は亡くなった。

長くて3ヵ月

祖父は約束を果たす為、その倍の時間を生きた。

最後まで立派だった。

そばで支えた揚げ子もまた立派。

京都に行くと約束したあの日 。

祖父の余命を知ながらも、本人の前で笑顔を作る揚げ子。

とても強い人だ。

 

祖父は亡くなる直前にある言葉を残し、旅立った。

祖父の遺言を、揚げ子はお菓子を探すのに夢中で聞いてなかったそうだ。

いかなる状況でも天然を発動する。それが揚げ子!

 

最後の力を振り絞り残した言葉は無駄になったと思われたが

奇跡的に最後を看取った親戚達が聴いていたのだ。

 

祖父の最後の言葉

「揚げ子 ありがとう。」

 

おわり

祖父の似顔絵が描かれたTシャツを着る揚げ子

色は勿論紺

 

松本XLです(‘ω’)ノ

いかがだったでしょうか?

日記の更新が8年前なので、祖父が亡くなって18年近く経ちました。

読んでいてあの頃の気持ちを思い出します。

病院のトイレ、火葬場。

この地球上で、あれほど涙を流した生物は僕が最初で最後ではないでしょうか。

お爺ちゃん子だった僕は、死後1ヶ月は毎日泣いていました。

身内が亡くなるという初めての経験に、対応ができなかったのもプラスされ心が空っぽだったのを覚えています。

ここで1つ。不思議な体験を書きますね。

祖父が亡くなってから数ヶ月が経ったある日。

「あなたの守護霊すごく良いね。」

そんな言葉をかけられました。

「あなたのお爺ちゃんだって。」

何年か前に、別の人からも言われたので、これは間違いないでしょう。

自分に都合の良い話は信じます。

親父が言っていたあの言葉。

「死んだ後も、爺ちゃんの話をしよう。会話に出てこなくなるのは寂しいわ。」

18年の時が経っても、祖父の話が出るのは幸せであり、今も祖父は生き続けている。

そして、父を亡くした親父はどんな思いだったのだろう。

僕もまた、いつか必ず訪れる親の死を乗り越えなければいけない日。

その日、僕は何を思うのだろう。


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もうすぐ40歳を迎える私松本XL。 顔デカ短足猫『豚まん』やその他のブログを更新しています。 猫、新宮弁LINEスタンプなど配信中!